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[小説]はさみの手

2009 年 5 月 7 日 木曜日

もうゴールデンウィークも終わりですね。
休みがあってもダレるだけなのに、休みが終わる瞬間は切ないものです。
もう昼まで寝ていられない切なさ。

それはともかく、掌編を一本書きました。
ちなみに今回はPDFではありません。
そんなわけで以下掲載。 

はさみの手            作・立談百景
――――――――――――――――――――

 朝、目覚めると、右の手がはさみのようになっておりました。
 蟹のように、赤い、ごつごつとしたやつです。
 布団をはさんでめくると、ぶつりと綿の切れる心地がしました。いつもの癖で右手を使ってしまったのが悪かったのです。ああこれはいかん、妻に見つかれば怒られるぞと思い、私は左手を使って布団をめくりました。
 随分と勝手の悪い手になってしまったものです。

  *

「こんなんになってしまったがね。」
 私は妻に右手を掲げて見せました。
 妻は居間で縫い物をしておりました。
「まあ、まあ。大変ですこと。」
「どうすればよいね。」
「お医者に診せてはいかがです。」
「医者は嫌いなのだ。」
「そんなことを言っているときですか、十之助さん。早く支度を調えてください。」
 妻は縫い物を途中で止め、すぐに私に身支度をするよう言いました。
 私は襦袢に浴衣を羽織っただけの起き抜けの姿です。何せこの手では着物も満足に着られないのですから、困りものです。

  *

 医者に行くと「それはなんだね」と驚かれました。医者にさえこの手は理解に翳るのですから、いよいよ私はどうしたらよいか分からなくなりました。
 医者からは一巻の包帯を渡されました。これで右の手を隠して置きなさいとのことです。
 しばらくは不便が続きそうでした。

  *

 それから幾日かは、用を足すにも、机に向かうにも、片手で動くのに一苦労でした。右手の包帯を取るのは寝るときと、湯を浴むときだけでした。
 近所の馴染みにかれこれ事情を話してみるや、カラカラと笑われました。
「そいつは君、実に難儀だねえ。カラカラ…。」
「人ごとだと思いおってからに。」
「人のことだろうに。いやイヤ、実に愉快な話じゃあないか。」
「不便でならんよ。」
「まあ、何かあれば遠慮なく言いたまえよ、十之助。仕事はつっかえておらんかね。」
「両利きではないのでね、文屋としては四苦八苦していたよ。だが左で文字を書くのも、上達してきてね。」
「なるほど器用な男だとも、君は。俺の出番はなさそうでよかった。」
「何かあったら、頼むよ。」
「何かがあればな。それじゃあ、くれぐれも奥方にはよろしく言っておいてくれよ。器用な君が捕まえた、大層な嫁さんだ。」
「そうだな。くれぐれもよろしく言っておこう。今度、酒でも呑みにきたまえ。」
「是非そうさせてもらおう。」

  *

 私は昼餉をこさえる妻に、先の馴染みとのやりとりを呟きました。
「今朝、ジンの奴に右手をからかわれたよ。」
「まあ、甚右衛門さんに。あなた方は仲がよくて、妬いてしまいますわ。」
「腐れ縁だがね。しかし全く、この手は不便だ。」
「ちっとも治らないのは、困りましたねェ……。あなた、何か心当たりはないのですか。」
「心当たりかね。」
「何か、そのはさみの手を持つことになった、理由でございます。」
「ふむ。」
 私は妻に言われ、ふいと考えてみました。蟹の様な手を持つ理由です。
 しかしそんなものはとんと見当もつきません。蟹に怨みを買う憶えも、はさみに呪われる憶えもありません。
「何かの気まぐれではないかしらん。」
「気まぐれで、ございますか。」
「神か仏か。蟹かはさみか。そんなものが気まぐれに、私の手から便利を奪ったのだろう。」
「呑気なご意見ですわ。」
「うまく折り合いをつけるしかあるまい。治ればそれでよい。しかし治らねば、この鋏手で過ごさねばなるまい。」
「はさみの手なんて、うまく使えませんよ。」
「最近は左手でも文字を書けるようになってきたよ。なあに、慣れればよいのだ。」

  *

 そうは言っても、はさみは手になりえません。私は結局、はさみを包帯に巻き付けたままにしておきました。紙に物を書くとき、文鎮代わりにはなりえます。しかし着物の帯は結べず、眼鏡もうまく上げられず、髪が切れてしまうので頭も掻けません。
 しかしそんな右手でしたが、十日も経てばその程度しか使えない生活にも慣れていきました。仕事も、以前よりは筆が遅くなってはしまいましたが、それでも差し支えないくらいにはこなせるようになりました。
 もうこの右手はこんなものだろう。
 そんなことを思いました。
 私は普段の生活通り、右手にも不満を漏らさなくなりました。
「おはよう、菊子。」
「あら、十之助さん。おはようございます。」
 起き抜け、居間の妻に声をかけました。菊子はまた縫い物をしておりました。
「縫い物か。朝から精が出るね。」
「あなた、時計はごらんになりましたか。もうお昼に近い時刻ですよ。」
「私が起きたときが朝なのだ。今は朝だよ。」
「あらあら。まるで神様ですね。」
「私は人だよ。右手はこんなだがね。ああ、ところで。この右手を覆う包帯だがね。医者にもらったやつを切らしてしまったよ。何か、替えのものはあるかい。」
「端布でよろしければいくらでもありますよ。」
「いや、包帯の方がいい。そうだな、昼になってから、薬屋にでも行ってこよう。」
「そうですか。それじゃあ、もう少し縫ったら、朝餉を用意しましょうね。」
「頼むよ。」
 私は卓袱台に肘をつき、妻の縫い物をじっと見ていました。
 やがて妻は糸を留め、布を膝の上に置き、裁縫箱を漁り始めました。
「どうしたね。」
「糸切りが見あたらないのです。」
「寝室ではないのかね。」
「そうかもしれません。ああ、ちょっとあなた。」
 妻が私の傍へ寄ってきます。何事かと思う間もなく、妻が私の右手を取り上げました。私の右手の包帯が外され、はさみが露わになります。
「どうしたね。」
「どうぞ、そのはさみでこの糸を切ってくださいまし。」
「む。このはさみでかね。」
「ええ。そのはさみでございます。」
「うむ。」
 妻が差し出す布切れから出た糸を、私は右手で、ぷつりと切ってあげました。
 妻は喜んでいます。
 妻があんまり嬉しそうに笑うので、私もつられて笑ってしまいました。
「十之助さん、便利な手を持ちましたね。」
「ああ、そうかも知れないね、菊子。」

<了>

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今回は大正っぽい雰囲気を目指して書きました。
昔の女性はすごく良い。

[小説]アストロ信仰

2009 年 4 月 27 日 月曜日

アストロ信仰」という小説を書きました。

PDFファイル:「アストロ信仰
(印刷して右上を止めると読みやすいように作っています。)

宗教的な小説なので、苦手な人は苦手だと思います。
内容は「宇宙すげえ」です。
あいかわらず宇宙ばっか書いてます。

ちなみに僕自身、どの宗教にも傾倒していませんので、この小説における宗教の描写は随分と現実味に欠けていると思います。ただ信じるだけの宗教なんてないんじゃないのかなーとか。
あ、でも仏教はなんとなく好きです。宇宙っぽいんで。

なおこの小説は、特定の宗教や宗派について、批判・推奨をしているものではありません。実在の人物・団体とは、万一符号があっても、それはこの小説における創作であり、無関係なものです。
宗教の話題って結構デリケートなんで、みなさん気をつけて下さいね。